はいどうも阿波太郎です本日は古代ローマ
の哲学者セネカの怒りについて御紹介
いたしますどんな作品かといいますと
イライラした気分を強制的に吹き飛ばし
本来の穏やかな心に戻してくれる古典的
名著です苛立ちやすい方はもちろんのこと
は普段おこりっぽい人と一緒に生活をした
仕事をしたりしているかないつも忙しく
疲れきっているかターン今すぐ穏やかな心
を取り戻したい方にぜひ手に取って
いただきたい一冊です先にお伝えしておき
ますと本書は怒りを上手にコントロールし
ましょうといった趣旨の話ではございませ
ん怒りという感情そのものを自分の中から
か完全に消滅させてみませんかという大変
思い切った発想の作品になりますいやいや
そんなことができるはずがないおそらく
そのように思われた方いらっしゃると思い
ます
確かに怒りは人間にもともと備わった感情
であり古来より最も克服が困難とされてき
た情念の一つでもありしかしセネカの言葉
を最後まで聴いていただければ怒りに
対する考え方がガラリと変わりイライラと
は無縁な穏やかな自分へと変わってしまう
はずです一体怒りとは何なのかまたそれを
消し去る術は本当に存在するのかこれから
皆さんと一緒に本書を読み進めながらこの
悩ましいテーマに迫ったいきたいとおもい
ますそれでは参りましょう
セネカり仮についてさあまずはこの動画の
全体像からお示しいたします始めにこの
作品を読む上での ik 知識を簡単に
紹介しその後本書の内容を幸福を破壊する
上年以来だと縁を切る技術怒りに襲われた
時の対応処方という3つのテーマに分けて
お話しいたしますセレかといえば古代
ローマの政治家哲学者として活躍した人物
として知られていますが詳細については
過去の動画人生の短さについてで触れてい
ますのでここでは割愛いたします今回の
背景知識として皆さんにお伝えしたいのは
執筆の目的これだけですつまりセレカは誰
のためにそして何のためにこの方書く必要
があったのか
ここを押さえておくことがキモになります
本性を開きますと冒頭の1文にこうあり
ます
のあーですあなたは私にどうしたら怒りを
和らげられるかについて執筆を求めたさて
こののアーティストいうのはセネカの
お兄さんのことですこの文章を素直に
受け止めるのならセレカは自分の兄の怒り
を和らげるために書いたとなるわけですが
実はそれだけではないというのがここの
作品の面白いところになります結論から
言いますと兄のために書きましたと冒頭で
アピールしつつ実は兄以外の誰かの怒りを
抑え牽制しようとしているそんな裏
メッセージが込められた作品なのですでは
その人物とは一体誰なのかそれは当時
ローマを支配していた工程を含む権力者
たちです彼らの中には怒りの感情を爆発さ
せては理不尽な言動をしたり人の命を簡単
に奪ったりするものも少なくなかったの
ですがセネカもまさにその怒りの被害者の
一人だったのですかつて古代ローマには
怒りという感情りノロれた2人の暴君がい
ました1人目は皇帝カリグラ彼は帝位に
就いてから半年号精神に異常をきたし
怒りを爆発させては残虐な行為を繰り返し
たとされる独裁者です当時の背中は巧みな
弁論技術道優れた人徳を備えた有能な政治
家として活躍をしていましたしかし
カリグラはそんなセネカを評価する所から
強い嫉妬心を抱きました話が上手くて頭が
良くて人望もある実に腹立たし怒り狂った
カリグラはたったそれだけの理由で
ね彼の命を奪おうとしました幸い周囲の人
の助けによって処刑こそ免れたものの彼は
政治家としてほとんど活動の場を与えられ
なかったといいますその後校庭カリグラは
ピン新車の手によって暗殺されセレカは
長年のパワーハラスメントから解放され
ますしかし今度は次の工程への端からも
恨まれるというふうに見舞われコルシカ島
に左遷されてしまいます一説によれば本書
を書いたのはちょうどこのころだったと
言われていますそして二人目の暴君はこの
人物皇帝ネロ彼は大変な癇癪持ちで少しで
も気に入らない人間は当たり前のように
処刑するというまさに怒りの権化のような
人物でした特に実の母親と妊娠中の妻まで
死に至らしめたのは有名なお話ですそんな
中セネカは皇帝ネロの補佐官というとてつ
もなく危険で複雑な立場にいましたどれ
だけネロが理不尽な悪さを働いてもそれを
弁護士支え続けなければならなかったの
ですしかし皇帝ネロはそんな自分を守って
くれていた最大の恩人セネカにも怒りを
ぶつけついに別れをしへと追い込んで
しまいますつまりセネカは怒りの強さと
愚かさを誰よりも知りながら最終的には
その犠牲となってしまった悲劇の哲学者な
のですさあ背景知識はここでおしまいです
セネカがどんな思いで本性を書いたのか
なんとなくイメージいただけたでしょうか
それでは以上ロ絵を踏まえまして早速中身
に入っていきたいとおもいます一つ目の
テーマは幸福を破壊する情念ですでは行き
ましょう
のアーティス新た私にどうやったら怒りを
和らげられるかについて執筆を求めた怒り
という常連を新たとても怖がっているが
それは致し方のないことだなぜなら怒りは
あらゆる常連の中でもこの上なく
おぞましく凶暴だからである武器を持たせ
地よう求め相手を苦しめたいという欲望に
長け肉類我を忘れさせてしまうすなわち
怒りとは短い凶器なのであるはいここで
留めます常連という言葉が出てきましたが
これは重要な言葉です常連とは簡単に言い
ますと理性的では大祥堂のことを意味し
ます例えば憎しみ不安嫉妬そして怒りと
いった自分の意志の力ではコントロールし
がたい心の動きのことだをイメージして
ください
またセネカといえばストア派の代表的哲学
者ですではいつもご視聴の皆さんストア派
がどんな哲学の学派だったか覚えています
でしょうか
そうです禁欲主義を掲げ欲望や感情を
コントロールし理性に従っていき幸福を
目指すギリシャ生まれのかクハでござい
ましたつまり理性とは真逆の関係にある
情念はストア派にとっては人間を不幸に
する原因であり克服すべき対象なのです
そこでセネカはあらゆる情念の中でも怒り
こそが最も凶暴で厄介なものであることを
相手にわからせるためあえて本書の導入
部分でその強さを強調したというわけです
さあでは続きを見ていきましょう怒りは人
を戦いに駆り立てる力があるだから怒りは
有益だと述べるものがいるがそれは間違っ
ている戦う気力を高めてくれるだけで役に
立つというのなら気が狂った状態もろれつ
が回らないほど酒に酔った状態も有益と
いうことになる確かに大胆な心理状態に
なれば
無気力な人間の心にも火がつくこともある
だろうだがそんなものは
他人や何かによって誘導された結果に過ぎ
ず本人の勇敢さではない怒りは決して人間
の徳を高めたり支えたりするような代物で
はないのだかつて哲学者のアリストテレス
は怒りという情念は使いようによっては
武器の役割を果たすといったしかしこれも
違うなぜなら人間の常連は武器のように
たやすく操れるものではないからだ怒りは
不誠実でもろくて信用に値しないもので
ある一方理性は誠実で強くて硬く決して主
に刃を向けない槍のようなものだ自然は
人間に理性という十分な装備を与えており
これ以上の武器など必要ないのであるはい
ここで留めます
なるほどアリストテレスは怒りは使いよう
によっては武器になるとその有益性を一部
認めていたようですさここで前回紹介した
彼の代表作弁論術の内容を思い出してみ
ましょう
アリストテレスは本書の中で大衆の怒りを
あおることによって特定の方向に人間を
誘導する術を磨いていましたつまり人間達
を怒らせ闘争心を高めれば死を恐れない
勇敢な兵士にすることができるだから怒り
は武器にもなり得るのだと彼は考えていた
わけです
これに対しセレカはそもそも戦いとは理性
で行うものであり怒りによって我を忘れて
行うものではありませんとさらに言えば
他人から煽られて闘争心を高めたところで
それは本林の夕刊他でもないんだと強く
批判をしたというわけですその上で彼は次
のように続けます貪欲であることは完全な
悪ではなくそれによって財産が増え生活が
豊かになるといった良い女もあるしかし
怒りはただ費やされ失うばかりだある者は
怒りにとって周囲の人間が次々と去って
いきまたある者は怒りのままに人間たちを
死に追いやった怒りの原因ではなく怒り
そのものが我々から多くのことを奪って
いくのである怒りは贅沢よりも悪意や嫉妬
よりも悪いものだ贅沢が求めるのは自分の
かイラクであるしかし怒りが楽しむのは
他人の苦しみであるまた悪意や嫉妬は愛で
が不幸になることを望むが怒りは自らの手
によって相手を不幸にすることを求める
こんな危険極まりないものを支配しをなど
と思ってはいけない関わりを持たぬよう
締め出してしまう方が良いのである敵が
自分の陣地へ侵入してくる前に国境付近で
阻止寄せこれが戦争においても得策である
のと同じことだ怒りは一度爆発すると健全
な精神への復旧が困難になり理性の働きも
効かなくなってしまうゆえに最善な方法は
怒りが今まさに込み上げそうになった瞬間
まだその波が小さいうちに収めることで
あるそのためにもまずは怒りが沸き起こる
最初の原因すなわち自分が不当な扱いを
受けたという思い込みを捨てなければなら
ない明らかに真実であったと思えても頭に
きた勢いで行動するのではなく時間を置い
て待ってみるのだ1日経てばきっと真実は
見えてくるまた告げ愚痴や悪口にも耳を
傾けてはならないなぜならネガティブな
情報は仕方なくそれを聞いていたとしても
いつのまにかそれを真実だと思い込んで
しまうことがあるからだ相手の言動を悪く
解釈し罪なきものに怒りをぶつけたらどう
なるだろうか罰を与えることは後でも
できるがひとたびそれをしてしまえばもう
取り返しがつかないのであるあらゆる不正
や侮辱に腹を立てることよりもそれを
はねつけることのほうがどれほど美しい
ことだろうわざと傷つけてくるような人が
いればその人は子自分よりも強いか弱いか
のどちらかであるもし弱い人であれば
あなたが許せばよく強い人であればあなた
自身を許してあげれば良いのである
はいここで留めます怒りは自らの手によっ
て相手を罰すること不幸にすることを
求めるとありましたただそれを商通り任せ
て爆発させていると理性的な判断ができ
なくなり結局は自分が不幸になってしまう
ここが怒りという情念の強さなのですそこ
でセネカは怒りを自分で支配しようとする
のではなく閉めださなければならないと
解決に向けた方向性を示しましたそして
いよいよこれから具体的な怒りの締め出し
方について語り始めるというわけですさあ
ここまでよろしいでしょうかそれでは2つ
目のテーマ
イライラと縁を切る技術に移っていきたい
とおもいますでは行きましょう
忙しい人間が何事もなく一日を終えること
はめったにない誰かのことであれ仕事の
ことであれ声を荒げたくなるような厄介事
が一つや二つを着るものなのだ都会の雑踏
を急いで進んで行くと人にぶつかったり足
を滑らせたりすることもあるだろう
それと同様にこの人生もまた多くの障害や
不満にあふれているあなたの期待を裏切る
人あなたの予定を遅らせる一多忙の中次々
と計画が狂っていくと私たちはついに我慢
ならずどうでもいい些細なことをきっかけ
に怒りのスイッチが入るそして自分の力で
は抑えきれない苛立ちをものにぶつけ人に
打つけそして自分にぶつけるのである心の
平穏を保つ上で大切な事それは自分の力で
はどうにもならないことに悩み心を疲れ
させないことだ自分の思いどおりになるの
は自分の力が及ぶ範囲内のことだけであり
それ以外の事はたいていはうまくいかず
過剰なストレスがかかるしたがって何かを
試みる時は自分の能力と今自分がやろうと
していることが本当に釣り合いが取れて
いるのかを正しく判断することだ無謀な
計画に挑めばそれ相応の挫折を味わうこと
は分かりきっている失敗はプライドの高い
人間には怒りを与え無気力な人間には
悲しみを与えるものだ故に自分の願望は常
に力量の範囲内にとどめておくことが肝要
なのであるまた自分はおこりっぽい性格で
あるといった自覚があるのなら
重すぎる仕事は引き受けないことである
自分の心が疲れ切って限界を超えるような
状態が続くとあなたの怒りは収まるどころ
か増大していく一方だ辛くなるほど仕事に
打ち込むのをヤメ時には学問や芸術に身を
委ねる時間も大切である4を読めば心が
軽くなり歴史物語は現実を忘れさせる力が
ある人間の心は雑に扱うものではなく
優しくそして注意深く取り扱うものなのだ
はい心と思いますなるほど簡単にまとめ
ますと人間は自分の思い通りにならないと
イライラしますスよねとだから自分が
コントロールできない範囲のことを
思い悩んだり自分の実力から離れた願望を
持ったりするのはやめましょうとまた
ハードワークもイライラの原因となるので
時には学問や芸術などにも触れて心のケア
をしてあげる必要があるんですよというお
話でしたまた願望を持つのなら自分の力量
の範囲内に止めなさいとありましたが
もちろんセネカは大きな夢や目標を持つ
ことがダメだと言っているわけではあり
ませんうんとか偶然に委ねるような現実味
のない願望を持つとなんで自分はいつも
うまくいかないんだと打ちひしがれる機会
が多くなりあなたの心はどんどん荒れて
いきますよねとなので願望を持つのなら
自分の言葉で勝利までの道筋を説明できる
ような願望にしてくださいと極めて現実的
なアドバイスをしているのですその上で彼
はイライラをかき立てる最大を要因とも
いえる2原関係に話題を変え
次のように語り始めます
人間関係で大切なことそれは気難しくて
心配性な人との付き合いを避けなるべく
性格が穏やかで楽天的な人と付き合うこと
であるなぜなら私たちは日頃付き合って
いる仲間の正確ににてくるからだ酒が好き
な人間
色を好む人間
貪欲らー人間こういった者たちと長く交流
していればあなたもやがてそういった人へ
と変わっていくことだろう一方人間の徳は
傍らにあるものをやさしく包み込み穏やか
なもろへと変えていくしたがって
もしあなたが平穏な暮らしを望んでいるの
なら
と口を備えた穏やかな人間たちと関わりを
持つことだまた穏やかな人と付き合う
メリットはもう一つあるそれは怒りの原因
と出くわしにくくなるということだ
腹立たしいことであれ悲しいことであれ
どんな出来事だろうと原因がなければ沖大
はずがないのである自分の世界をよく
見回してみるといい新たの怒りを
駆り立てる人間がどれほどオークス存在し
ていることか傲慢な人間は人を見下し妬み
深い人間は意地悪をしたり足を引っ張っ
たりする好戦的な人間は次々と争いを
仕掛け嘘つきや見栄っ張りな人間は気分を
害してくるそんなものたちの振る舞いが
どうしても我慢ならないというのから
あなたは怒りを駆り立てるような人物を
生活圏内から排除し穏やかな人間関係を
築かねばならないそれによって新たの怒り
は消えそのストレスに苦しむこともなく
なるだろう
はいここで留めますなるほど要するに人は
環境や他人の影響を受けやすい生き物なの
で自分が身を置くべき場所や付き合う人を
考えましょうとまた穏やかに生活をし
たければ心穏やかな人と付き合って
イライラの原因を作るような人には近寄ら
ないようにしましょうという派なしでした
つまり怒りは極めて凶暴で厄介な情念で
あるため
戦おうとするのではなく普段から出くわさ
ないようにすることが大切などですただ
そうは言っても人間は機械ではありません
のでイラッとしてしまう瞬間は誰にだって
あると思いますそこでセレカは怒りが自分
の中に侵入してしまったときの心構えに
ついて次のように語りますケガをしたとき
人間はその傷口に痛みを感じる触れられた
時は鋭く痛むが触れられるかもしれないと
いう想像だけでも鳥肌が立ち痛みが走る
あなたに知っておいて欲しいのはこれは
人間の心も同じだということだある出来事
によって傷がついてしまった心はどんな
ささいなことでも苦痛に感じるものである
ちょっとした挨拶や送られてきた手紙に
あったあの一言が気に入らなかったそんな
理由だけでひどく腹を立てる者もいる
だろうましてや傷口に直接触れようもの
ならどうなるだろうかとんでもなく面倒な
争いに巻き込まれるのが想像に難くないで
はこういった怒りという山利自分がかかり
重症化しないようにするためにはどうすれ
ばよいのか対策として有効なのは自分が
どんなときに怒りを覚えるのかをよく理解
していることだ口の利き方やぶれーなー
行為が許せないのか自分の見た目の美しさ
身分の高さ賢さなどホ女てもらわないと気
が済まないのか人にものを頼まれることに
見下されたと思うのか逆に何も頼まれない
ことが侮辱だと感じるのか人の怒りの原因
は千差万別であり誰もが同じ理由で傷つく
わけではないどのような時にあなたは最も
傷つき最もいら立つのかよく考えてみるの
だまた物事というのは何でも知っていれば
良いというものではない例えば自分が侮辱
されているという情報あなたは事細かく
知りたいと思うだろうか影で何を言わ
れようがそれを見たり聞いたりしない限り
何ひとつ気分は外されず穏やかな日常を
送れるのであるもしあなたが埃っぽい人間
を卒業したいのなら普段から色々と詮索
する習慣をやめることだ自分は周りから
どう言われているのかどう思うはれている
のかそんなことをいちいち気にして調べ
秘密にされている悪口を明らかにしよう
などと思ってはいけないそういう詮索好き
な人間はわざわざ自分の手で心をかき乱し
自ら苦しみの種を拾いに行っているので
ある怒りがあなたの元を訪れたのかそれと
もある他の方が怒りのもとを訪れたのか
それをよく振り返ってみるといいだろう
はいここで留めますなるほど確かに自分が
どんなときに傷ついたりイラッとしたり
するのかを言語が出来ていれば心の準備が
できている分冷静でいられるので感情の波
が立ちにくいと言えますまた怒りは外側
から侵入してくるだけではなくわざわざ
自分の手で拾いに行っているパターンも
あるという面白い指摘がありましたつまり
心穏やかに幸福に過ごすためには普段から
自分はどう思われているとか陰でどのよう
に言われているとかを言った情報に無関心
でいることが大切なのですでは他人から
明らかな侮辱を受け今まさに怒りが
込み上げ用としてきたとき私たちはどの
ようにすればよいのでしょうか
それでもグッと耐えるべきなのかそれとも
ある程度のラインを超えたら思い切ってを
繰り返してしまった方がいいのから一体性
陛下はこの問題についてはどのように考え
ているのでしょうかさあというわけで
いよいよ最後のテーマ怒りに襲われた時の
対処法に移りますでは行きましょう
他人からの侮辱
そんなものは放置し笑い飛ばし許して
しまうことだ例えばギリシャの哲学者
ソクラテスは道を歩いているだけで急に頭
を殴られたことがあったそうだしかし彼は
起こらなかったそれどころか冗談を交え
ながらこう言い払ったのだ外出する前に兜
をかぶるべきかどうかは分からないのは
困ったものだ
つまり侮辱というのはどのようになされた
かが問題なのではなくそれを本人がどう
受け止めたのかが問題なのがいかなるとき
であろうと怒りに主導権を握らせてはいけ
ない怒りは隠し外に出さなければあなたは
もう怒りに勝ったも同然であるもし腹を
立て怒りが思っに出そうになったらその
反対の態度を取ることだ表情は穏やかり声
は柔らかく足取りはゆっくりとそのように
意識できればあなたの内なる感情は穏やか
になり本来の自分を取り戻すことができる
はずだソクラテスは声が低くなり口数が
救うなくなることが怒りのサインだったと
言われているそのようなとき友人たちは彼
をさっと捕まえ怒りの兆候が出ていますと
忠告の言葉を与えた自分が隠した怒りを
指摘されると余計に気分を害すると言う者
もいるだろう
だがソクラテスはその友人の言葉を喜び
受け入れたのであるならば私たちも彼に
ならい最も信頼の置ける友人に頼んで
おこう
もし自分が起こっていると気付いたときは
知らせてほしいその怒りに同調するのでは
なく勇気を持って止めて欲しいそのように
仲間に助けを求めるのである人間という
生き物は軽率で不安定だ争いごとを好むし
野心家であるし誰もが悪い部分運を持って
いるだから他人をとがめたくなったとき
まずすべきことは自分の胸に手を当てる
ことだそしてお互いに対してもっと寛容に
なろうと努めることである他人の良いもの
を眺めると誰でも自分のものがつまらない
ものに思えてくるそれで私たちは自分の
運命を呪いなぜ自分よりも優れた人間を
作ったのかと神々を恨むのである人間の
欲望には限りが雷どれだけ与えられても
満足せずもっともらえたのではないかと
思ってしまうのだしかし私たちは今ある
ものの中に喜びを見出し満足をすることを
学ばなければならないそれと同時に完全に
欲望が満たされていないということは人間
にとって幸福なことなのだということも
また肝に銘じておかねばならない自分が誰
かに与えたものを過大に評価し与えられて
いるものを過小に評価することこれほど
愚かな過ちがあるだろうか人間は些細な
ことやつまらないことを大げさに考え腹を
立てるしかしよく考えてみるがいいあなた
が起こっていることは起こるだけの価値が
ある重要な問題なのだろうかもし無価値な
ことに怒っているのだと気づいたのなら今
すぐ怒りを鎮めることだあなたにとって
大切な時間やエネルギーをそんなつまら
ないことと交換してよいはずはないのだ
はいここで留めますセネカは怒りという
情念を不正を受けたことに対する報復を
欲望と捉えていましたつまりやられたら
やり返してやりたいという突発的な感情は
他人から不正を受けたことによって生まれ
た欲望の一つなのですそしてストア派では
この欲望に好き勝手させないために理性を
武器にして対抗するわけですがそれを理想
的に体現してみせたのが哲学の父
ソクラテスでした彼は怒りに主導権を握ら
せないようユーモアによって怒りを退け
また友人の助けを借りることで怒りの欲望
を沈めていましたこのようにいついかなる
時も欲望に支配されず理性的な判断
選択をすることそれが人間にとって
心穏やかり
幸福に生きる唯一の道なのだとセネカは
考えていたのですまた起こることは大変な
エネルギーを消費します時間も減りますし
体力も削られますこのように仮は大切な
何かを犠牲にするわりにはあまりに
リターンが少なくむしろマイナスに働く
可能性があるのですつまり怒りが込み上げ
そうになってきたら自分の視点を高い位置
に置いて今の状況を俯瞰して見るそして
なんて自分はちっぽけなことで依頼出して
人生の無駄遣いをしているんだと我に返る
ことが大切なのですその上でセレカは怒り
を完全に追放するための最後の仕上げとし
てある方法を提案して本性を結びます
どんなイライラした気分も吹き飛ばして
しまうような大変痛快なラストメッセージ
ですので余計な解説は加えずこのまま動画
を終えたいと思いますぜひ最後まで聴いて
みてくださいではいきましょう
怒りという悪を今こそ追放しなければなら
ないは頭から欠片すら残さず完全に
消し去るのであるそのためにはいかなる時
も自分が死すべき運命にあることを忘れ
ないことだ怒りの常連に支配されそうに
なったら心の中で次のように叫ぶといい君
はえいえんに生きるわけではない法怒りに
よって人生の時間を無駄遣いしている
気高い喜びに費やすべき日々を他人を
苦しめ痛めつけることに捧げているそんな
ことをして君は楽しいのか君の財産は
そんなムダ遣いができるほどの蓄えがある
のかと争うことは6らしいことだどれほど
互いに怒り憎しみ合っていても何両社の間
に子が割って入りその争いは嫌でも終結を
迎えるそれなのに反逆者のように騒ぎ立て
人生をかき乱す意味だとあるのだろうか
運命は私たちの頭上にあり刻一刻と
忍び寄ってくるどれだけ他人を憎みしを
願ったとしてもそれが叶うころには新たに
もしが近づいているのだ闘技場の見世物の
中で鎖につながれた牛とクマが戦う光景を
何度も見てきただろう大勢の観衆たちの前
で2頭の獣は互いに痛めつけ合うだが最後
はどうなる結局仕留め役の手によって2つ
の命は奪われてしまうではないか哀れな
闘技場の獣たちしかしそれはまさに私たち
人間の姿である自分とつながった誰かと
いがみ合い常に互いを攻撃しあっている
買ったものも負けたものも平等にしが用意
されている事を忘れ傷つけ合い苦しい女
あっているのだもしあなたが今誰かに
起こっているのだとしたらその苦労は無駄
に終わるだろう相手に自ら手を下さなくて
もどんな罰を望んだとしてもその人物は
遅かれ早かれこの地上から消え失せるので
あるならばあなたがすべきことは誰かの
怒りの矛先が自分にむかのよう関大に
過ごすことだ侮辱され不正を受けて怒り
たくなったら思い出せば良い子はいつ
だって自分の近くにあるのだと
はいというわけでに仮について以上で
ございますいかがでしたでしょうか
怒りという情念の強さだけではなくそれを
寄せ付けないための考え方が解かれた大変
ちっ線的な内容でございました依頼出して
心の平穏が乱されそうになった時には今日
紹介いたしましたセレカの言葉を思い出し
てみてはいかがでしょうかセネカの人生や
ストア哲学についてもう少し詳しく知り
たいという方は概要欄の関連動画を
チェックしてみて頂ければと思いますこの
動画が面白かった参考になったという方は
高評価コメントなど頂けますと嬉しいです
またチャンネル登録もよろしくお願い致し
ますではまた次の動画でお会いしましょう
小ありがとうございました
[音楽]