【衝撃の真実】夜と霧|フランクル 自分の人生を肯定できないあなたへ ~絶望的な世界を生き抜く唯一の思想~

 

 

配当も阿波太郎です本日はビクトールフランクルの夜と霧
こちらをご紹介いたしますどんな作品かと言いますと自分の未来に対して希望がのでず
生きる意味を見失ってしまった人を救い出してくれる世界的名著になります f
ランクルは除名な精神科のドクターでありまたし
心理学の専門家です皆様よくご存知のアドラー
そしてフロイトユング彼らは世界3大心理学者と呼ばれていますが
フランクルはそれに次ぐ第4の巨頭とも言われる人物になりますそんな彼が
第二次世界大戦中ナチスによって捉えられ
強制収容所に入れられた時の対応
件について書かれたものそれが夜と霧という作品ですちなみにこのタイトルの夜と霧と
いうのはヒトラーによってはずせられた作戦名のことです
自分たちに敵対するものを捕まえるときまるで夜の霧の中に消えるようにひっそりと
跡形もなく連行されることからソロ用意呼ばれていました
ただナチスとか強制収容所と聞きますと
あらキョロ話してすごく怖い話なんじゃないの暗い話なんじゃないのとご心配された方
もいるかも知れませんですがご安心ください
この作品は収容所の恐ろしさや戦争の悲惨さを訴えることを目的として書かれたもので
はございません絶望の極致に置かれた人間たちのメンタルに焦点があてられ
た作品なんです収容所という受け入れが大理不尽な環境の中で人々の心はどのような
変化をしてキッドのようなことに苦しんでいたのか
また何を心の支えたしどんな考えを持って未来に希望を見いだそうとしたのか
夜と霧にはこういった今まさに知っておきたい
生き方のヒントが多く含まれて
より重たいテーマではありますが呼ぶ人の心を軽くしてくれる不思議な力があるのです
この動画をご視聴いただくにあたって予備知識は一切入りませんのでぜひ安心して最後
までお付き合いいただければと思いますそれでは参り場所
ヴィクトールフランクルよるとっきりさまずこの動画の全体像カラーを占め
しいたします始めにこの作品を読む前に知っておくべき前提知識として
著者のフランクルとはいったいどんな人物でどういった経緯で強制収用所に入ることに
なってしまったのかについてお話をします
それを踏まえた上で夜と霧の中身に入っていき最後はフランクル思想知る上で欠かせ
ない
右辺バルドの歌について触れて終わりたいと思います
では早速フランクルについて見ていきましょう
ヴィクトールフランクル彼は1905年オーストリアの首都ウィーンに生まれた
ユダヤ人です
幼少期から非常に好奇心旺盛であったフランクルは人間の生きる意味という壮大な
テーマに興味落ちさらに
アドラーやフロイドなどの影響を受けることで精神科医になったといいます
また医師として彼の最大の功績の一つは
ロゴセラピーと呼ばれる心理療法を開発したことです
ロゴセラピーとは自分の生きる意味を実感できず毎日胸し苦しいといった感情を持った
人に対して
生きる意味を見つけ出すサポートをする
そういった心理療法のことを指しますそして彼は自ら開発したロゴセラピーを実践し
人生に絶望した人の心の救済に全生涯をささげ
1997年の92歳の時に天寿を全うしました
あのマザーテレサから nove
平和賞の推薦を受けたこともあるほど世のため人のために尽くし続けな偉人
それがヴィクトールフランクルですた
そんな彼が強制収容所に入れられてしまうというのはなかなか信じがたい事実です
なので今から彼が強制収容所に入るまでの経緯についてお話をいたします時は今から
遡ること約90年前
1933年のドイツでのことです
ここである大きな政治
的変化が起こりましたランと長らく政権野党であったほっか社会主義ドイツ労働者と
通称ナチスがその年の1月30日
水に与党となったのですもちろん政権のトップは皆様ご存知のアドルフヒトラーです
そして彼はユダヤ人を排除するための政策を2
次々と売っていきましたなぜヒトラーはそんなことをしたのでしょうか
すごく簡単に言いますと共通の敵を作ることで当時バラバラだったドイツ国民の心を
ひとつにし
国をまとめあげようとしたのです具体的には自分たちはアーリア人と呼ばれる郵政民族
であり
劣等民族であるよ
レア神を迫害し国外に追い出し我々でヨーロッパを統一しませんかと言い出したわけ
です
ナチスが政権与党となって初期の頃は
第8人が経営するお店を妨害するとかレストランに入れないとかそういうレベルの
嫌がらせが多かったのですが徐々にこれがエスカレートしていきます1935年には
ニュルンベルク法と呼ばれる
ユダヤ人の公民権を奪う人種差別法が制定されます
これによってユダヤ人とドイツ人の結婚が禁じられ
さらにユダヤ人は公共的な場所例えば庭園劇場プールなどへの出入りが禁止されて
しまいますそして1938年11月フランスの首都パリにあるドイツ大使館で
書記官がユダヤ人青年によって射殺されるという事件が起こりました
ちなみにその青年は自分の家族をなっ
質によって迫害されその恨みから書記官を襲ったといいますこうなりますと当然ドイツ
にいる国民たちはけしからんと大激怒ですとして国内にあったユダヤ教会や商店街が
次々と襲撃されるという大暴動が起こり90人以上のユダヤ人の方がなくなってしまっ
たと言います破壊さ
れた家や商店街の窓ガラスがドイツ中の道路を埋め尽くし
それが月明かりによって照らされまるで水晶のように光っていたことからその事件は
水晶の夜クリスタルナハトと名付けられました
これによってドイツ国内におけるユダヤ人追放の動きはさらに加速していくこととなっ
たのですそしてその流れのまま翌年1939年ドイツ軍がポーランドに侵攻したことを
契機に第二次世界対戦が勃発します
ラティスも自分たちが占領した地域のユダヤ人をはじめは追放したり
隔離したりしていたのですが戦線が膠着するにつれて方針を一変させます
なんと殺処分するというえげつない方向に舵を切り始めたのです
これがナチスによる大量虐殺いわゆるホロコーストの始まりです
ちなみにホロコーストとはもともとギリシャ語で

された生贄という意味になります水面下で行われてきたユダヤ人狩りが次にここから
本格化していくことになるわけです
そして1941年当時36歳であったヴィクトールフランクルのもとにもナチス当局
から軍司令部への出頭命令が下ります
そして1942年
ついに連れて行かれてしまうわけですちなみに当時のフランクルは数年前に自分の病院
を立ち上げたばかりでさらに結婚もしたばかりという状況でございますトンな
タイミングで彼はこれ以上ない絶望の世界にのみ込まれていくことになるのです
続きまして彼が捕まってから解放に至るまでのおおまかな流れをスライドりお示しし
ますちょっと方からが多いですがこれらの名前は全く覚えておかないで大丈夫ですので
そこはご安心ください一つ目がて0自演したと僕は今もチェコにあります
1942年の9月から自分の両親と
奥さんと一緒にフランクルは2年ほどここに収容されることになります
実はフランクルのお父さんは当時80歳を超すほどのご高齢であったんですが
非常に栄養状態の悪い生活を強いられたことによってここで菓子をさせられてしまうの
ですそして2つ目がポーランドにあるアウシュビッツです絶滅収容所として非常に
悪名高いところですねここでフランクルは自分のお母さんとお兄さんを失ってしまい
ます
滞在期間は4日程ですその後ドイツ南部バイエルン地方にある
ダッハウと呼ばれる強制収容所のかうんフェリング第3支所というところに送られ最後
は病人収容所である
cafe ring 大郎
福祉所に行き1945年の4月にようやく解放という流れになります
ここで押さえておいて頂きたいのは夜と霧の舞台がアウシュビッツいこ
特にダッハウ強制収容所の師匠であるという点です
とはっきり言いますとこの作品のメインステージはアウシュビッツではありません
家所ですここはよく誤解されますのでご注意いただければと思います
さあここまでよろしいでしょうか以上の流れを踏まえた上で早速作品の中身に入って
いきたいとおもいます
では行きましょう私は1心理学者として
強制収容所
で体験したことを述べたいと思うただ何も私は身の毛のよだつ恐ろしい話をしたいので
はない
そこにいた囚人たちが中洋上の中でどのような黒を抱えて過ごしてきたのか
そういった心の問題を取り扱いたいのだ
11910よ忘れもしない
これは私の囚人番号だ強制収容所において私は心理学者でもましてや医者でもなかった
ただ番号が振られただけの一人の囚人でしかなかったのだ
ではまず私がアウシュビッツに送られた時の様子から話をしていこう
一つの貨物車料理80人ほどの人間たちと
他の荷物が息苦しいほどに隙間なく入れられ
私たちはある場所へとを輸送させられた
かろうじて窓の一番上から薄暗い空を眺めることができたのを覚えている
一体我々はどこに連れて行かれるのか
軍需工場で強制労働でもさせられるのか
そうやって狭い空間の中で言葉を交し合った
しばらくすると列車は開けた平地にと貼ろうとしていた
どこだここは一体どこなんだどんな ac 知れぬ空気が列車内も大中
群衆の中から突然一つの叫び声が上がった
ここに立て札があるぞアウシュビッツ how しヴィッツだ
この瞬間どれほど心臓が止まると思ったか
アウシュビッツは一つの概念だった何かよくわからないけれども
しかしそれだけに恐怖しかなかった停車場に着くとエレガントな親子のようなし兆候が
現れた
そして我々を指さしながら何やら cg
を出し始めたのだ私はこのとき知るよしもなかったあの男の指の動き一つ一つが命の
選別であったということ
この時輸送された約90%の人が数時間も経たないうちにガス室に送られ命を奪われた
一方私を含む残りの人間たちは風呂場に連れて行かれ
全身の毛を剃られたそして文字通り裸の存在となったのだ
はい心止めましょう非常に恐ろしい世界ですへ列車から降りますと最初に会ったのは命
の選別でした
ここでフランクルは偶然にも生き残ることができたわけですがそれは一体なぜでしょう

結論から言いますと労働者として使えると判断されたからですね逆に労働者として使え
ないと思われた
人のことごとくは最初の段階でふるいにかけられてしまったというわけです
この時囚人たちは収容ショックと言ってとてつもない恐怖体験をすることになります中
人によっては収容所を取り囲んでいる
高電圧が流れている鉄条網に走って自害を試みることもあったようです
ですがしばらくしますと
の恐怖がなくなっていき自分で命を絶つことすら考えなくなっていくと言います
フランクルは自分の命だけは諦めないと気持ちを強く保っているのですがいつ心が崩壊
してもおかしくない状態で
収容所生活を送っていましたそんな中先輩囚人がこっそりとフランクルたちが寝泊まり
していると
頃に行ってきますそして生きるためのアドバイスを授けてくれるのです
ではそのシーンから続きを見ていきましょういいか
僕は君たちに一つのことを忠告する
それはヒゲを剃れということが出来れば毎日剃るものは何だっていい
僕はその辺に落ちているガラス片で行っている
あと病気になるな病気であってもそれを悟られるな
命を奪われたくなければとにかく労働が可能であるという印象を相手に与えロ
こいつは動けないと判断されたらもう俺たちはおしまいなんだ
いいかもう一度言うぞヒゲを剃れそしていつもまっすぐ立って歩け
はいここで止めましょうどれだけ理不尽で残酷
な環境の中でフランクルたちが生きていたかがよく分かります中庸された当初は苦しい
とか怖いとか様々な感情の浮き沈みを体験するそうです
しかしそれが長引いできますと今度は逆に何も感じなくなるという新たな状態に移って
いきますつまり自分が生きている世界に対して
無冠
を無関心無感覚になっていくというのですこうなりますと自分の家族や仲間が殴られて
いても一切目を逸らさなくなると言います黙ってただ眺める
そこには嫌悪感も恐怖も同情もないなんにも感じることができないのです
さらに収容所の世界において苦しんでいる
1病んでる人死につつある人そして死んでいる人というのは全く珍しくなくむしろ
当たり前すぎる光景であるため人としての心が徐々に動かなくなってくるのです
フランクルはこの感情が動かなくなる状態のことを心を包む最も必要な鎧であっ
たと表現していますつまり自分の肉体が生命を維持するというただその目的だけに集中
するというモードに入るですその結果生命維持に直接関係のない心の機能が
シャットダウンしてしまうというわけです
一旦ソロモードに入りますと人は食べるとか寝るとかそういった原始的
や欲求だけに支配されることになったといいますただ当時の囚人たちは1日に水のよう
なスープとパンのかけらくらいしか食事を与えられていなかったため原始的な欲求の
ほとんどは食欲が占めていたといいます
当然地獄のような飢餓状態に置かれますから一人残らず屍のようり痩せこけていきます
さらにその状態で蹴られたり殴られたりしながら
朝からパンまで強制労働させられ使えないと判断されれば処理されてしまう
それが収容された者たちの世界だったんです
そんな極限状態のなかフランクルは不思議な体験をします
なんと自分の目の前に奥さんの面影が
現れそして言葉を交し合ったというのですこの場面は夜と霧という作品の中でも特に胸
が締め付けられるところになります
ではそこから続きを見ていきましょう私は妻と語った
そして彼女が答えるの危機彼女が笑うのを見た
たとえその場にいなくても彼女のまなざしは今まさに登ろうとしている対応よりも私を
照らしてくれたその時私は気づいたのだ愛こそがに
人間にとって最高のものだということたとえこのように何一つ残っていなくても人間は
愛する人の面影を心に宿すだけで救われるのだ
この時私は自分の妻が生きているかどうかも知らなかったし
知る必要もなかった私は深い愛情をもって彼女の面影を見つめ続け
だ彼女はまだ生きているのかそれとももうこのよりいないのか
そんな事実はもはや問題ではなかったたとえ愛する妻が亡くなっていたと分かっていて
もそれでも私は彼女の面影を見つめ続けていただろう
何時間も凍った地面を掘り続けて監視兵に怒鳴られても私は彼女と言
はを交わした
そしてそのために妻の存在を強く感じた
彼女を抱きしめることができるのではないか手を伸ばせば触れることができるのでは
ないかそんな感情が強く私を襲うたび思うのだった
彼女はきっとそこにいるそこにいるのだ
はいここで止めましょうへつまりフランクルはいつ精神が
崩壊してもおかしくない極限状態の中で id 追って生かされたのです
そしてどれほど人間にとって愛が大切なものであるかということを頭ではなく心から
痛感したというのです
ただ非常に申し上げにくいのですが実はこの時フランクルの奥さんは別の収容所に移送
されそう
ここで処刑されてしまっているのですそれを知らない状態で彼はただ愛する奥さんの
面影を心にやろし
見つめ続けていたというわけですちなみに以前紹介した古代ローがの哲学者セネカは
過去は唯一運命に支配されない
誰からも奪われない神聖な時間だと言っていました
彼の言葉
の重さがここにきてずしんと日々できますつまりフランクルは身ぐるみをすべて剥がさ

財産も家族も尊厳も何もかも奪われたのですが唯一過去だけは侵害されなかったんです
そして彼は極限状態の中で自分にとってもっとも大切な過去
つまり愛する奥さんという存在を自分の記憶から引っ張ってきました
そして会話ができてしまうくらい彼女の存在を自分の心のスクリーンに強く投影させ
それによって自らを支えていたわけです
ただ気を強く保っているフランクルですがそれでも心が折れそうになる瞬間はな
ん度かあったようですその中でも特にこれはキツイと思われる要素
彼は本書で1つ上げていますそれはフランクルだけではなく他の囚人たちも確かにその
通りであると意見が一致したといいます
さあ皆さんは何が囚人たちのメンタルを最も苦しめたと思い
ですか答えを言いますと期日がなかったことです
私らはいつまでこの収容所にでいつ解放されるんですか
一体いつになったら今まで通りの生活に戻れるんですか
こうやって終わりの日が見えないこと出口が見えないことが何よりもつらかったと彼ら
は口を揃えて
そう言っているのですさらに収容所という極端に活動が制限された環境の中で無限の
時間を感じるのは並大抵ではない精神的ストレスであったといいます
そんな中もうすぐ戦争が終わるらしいお
あと6週間で出られるらしいよと収束の見込みに関する異論
はうわさが収容所内に流れてはまた引き伸ばされる
これの繰り返しですこういった機体と幻滅の無限ループに置かれると人は何心が壊れて
しまう
フランクルはそう言っているのですそして彼はまた次のように語り始めます
1944年のクリスマスそして1009
145年の新年この間に未だかつてない大量の志望者がってた
強制収容所に大者によるとそれは過酷な労働条件や
悪化した栄養状態あるいは伝染病などで説明がつくものではなかったそうだ
むしろその原因とは囚人たちが
クリスマスや新年にはきっと状況もよくなって家に帰れるだろうと素朴な希望に身を
寄せたからなのだ
もうすぐクリスマスだというのに中幼女から流れてくるニュースといえばいつも暗い話
ばかりで明るい記事など一切なかった
そうやって囚人たちはどんどん失望し
落胆しそして抵抗力を落としていったのだ
凄まじい収容所生活において自分の内側にある抵抗力を落とすことはそのまま命を
落とすことにつながる
だから自分たちの抵抗力が落ちないよどうにか気持ちだけは維持しなければならない
そのためには自分は何としてで
も生き延びなければならないという人生の目的意識が必要だったのだ
はい心止めましょうどんな人であれ苦しい時辛い時はありますがそれを乗り越えるため
にはその苦しさや辛さに見合うだけの意義が必要だとフランクルは入っているのです
た n
9意味頑張り通す意義それが無ければ
苦しさや辛さに耐えられず心が折れてしまうわけです
好きな仕事だから辛いときでも頑張れた応援してくれる仲間がいたから
苦しかったけど頑張れた皆さんにもそんなご経験があるのではないでしょうか
ただ心が崩壊してしまった囚人たちはどれだけ励ましてもどれだけ慰めても何も言葉を
受け取らなくなってしまったと言います
そして
こんな未来に期待のできない人生を
なぜ生きなきゃいけないんだ生きていたって意味なんかないじゃないかと口にするよう
になっていったそうです
ではこういった状態に陥ってしまったら
立体どうすれば良いのでしょうかこの問いに対し
フランクルは本書で見事な回答を提示してくれています
ではその続きから見ていきましょうこれからの未来にいったい何が期待できるんだろう
自分の生きてる意味ってなんだろうそうやって自分の人生に
というを投げるのは実は正しい態度ではない
むしろ私たちが人生から君はこれからどうするんだと期待され
問われているんだ
人生は私たちに毎日様々な問いを投げかけてくる
そしてそのたびに私たちはその問いに対して
口先ではなく行動によって答えなければならない
生きるということは自分に課せられた使命に対し責任を持って全うすることなのだ
人生から要求されることは人によって異なるしその瞬間によって変化もする
だから人生にどんな意味があるだろうと
どれほど考えようが答えなど見つかりはしない
人生からの問いかけすなわち運命とは
決して漠然としたものではなく常に具体的な状況とな
あって私たちの目の前に現れるそしてその度にさあ君はどう行動すると問いかけられて
いるのだ
したがって今まさに苦しみという課題が与えられているのならばそこに対して人間は
運命を見出さなければならない
私たちは自分以外の誰かの苦しみおかわり2世
酔うことはできないその運命を授かった本人がその苦しみを背負い
担わなければならないしかしその苦しみの中にこそ本人だけしか達成できない唯一無理
の業績があるのだ
こんなことを聞くとなんて現実離れした考え方だと思うかもしれない
しかしこの考え方
は地獄のような矯正収容所生活において我々を絶望させない唯一の思想だったのだ
ここで止めましょうなかなかガツンと響くものがあったのではないでしょうか
と言いますのも今は紹介したパートはフランクル思想のまさに中心的な部分なのです
もう一度整理しますと自分の人生に意義を見出せずに苦しい
そういう時はその考えをくるりと反転させて人間の方
が逆に人生から問われている存在であると思考を切り替えてくださいねと言っている
わけです
また苦しみにも運命を見出せという力強い言葉もありましたが彼が人生というものに
対して絶対に肯定するという揺るぎないスタンスをとっているのが伺えます
そしてフランクル
は人生における重要な考え方をもう一つ本書で示してくれていますそれはこの先の未来

自分のことを待ってくれている存在を意識するということです
この待ってくれる存在というのは人でも物でも何でもいいのです
ある人は何巡り合う運命のパートナーやー自分の子供や
孫かもしれませんしバターある人は一生涯誇りを持って打ち込める仕事あるいは趣味か
もしれません
つまり未来に待っている存在というのは人それぞれ違うのです
そして未来の世界は自分がやってくるのを期待しながら待ってくれている
そうやって自分を待つ何かの存在に意識を向け
未来に責任を感じていれば人は絶対に自分の命を自ら諦めたりはしない
だから今この瞬間を乗り越えてください我々は人生に試されているんですと
フランクルはといたのですさあここで夜と霧についてはおしまいです
では最後にフランクル思想を理解する上で非常に重要な
ブウ編パルとの宇田について紹介して終わりたいと思います
ブウ編 wald というのはドイツの強制収容所の名前です
場所はフランクルがいたダッハウ強制収容所
所から400キロメートルほど離れたところにありますへそしてそこにいた囚人たちが
歌った行進曲
それがブウ編バルトの歌ですその歌詞の一部を読み上げますのでちょっと聞いてみて
ください
ブウ編 wald よ私はお前を忘れることができない
お前は私の運命だったのだ
お前から去った者だけがわかる自由がどれほど素晴らしいかプール編 wald よ私
は嘆いたり悲しんだりはしない
私たちの運命がいかなるものであろうとも
私たちはそれでも人生にイエス遠いをなぜならその日はいつか来るから私たちが自由に
なる日が
私たちはそれでも人生にイエスと言うをなぜならその日はいつか来るかはいこんな感じ
の歌でございます
先ほどフランクルは苦しみという課題を運命として捉えましょう
そこに自分だけの業績を見出しましょうなぜならこの考え方こそが強制収容所のような
環境でも人間を
唯一絶望させないしそうだったんですよと言っていました
そんな中ブウ編バルトの囚人たちはどうしようもない状況下であっても私たちはそれで
も人生にイエスと言おうと歌い
自分たちの運命を受け入れ肯定し自由になれる日が我々を待っているのだと叫び続けた
のです
つまりどんなに苦しい人生であってもどんなに辛い人生であってもすべて人生からの
問いかけであると説くフランクルの思想を
ブウ編バルトの歌は見事に表現していると言えます
そしてフランクルは1945年4月
次に収容所から解放され9月に終戦を迎えます
その後から
はわずか9日間で夜と霧を書き終え
世界に衝撃を与えましたたり自身の収容所体験について世界中で講演活動を行え
人生の意味を見いだせずに嘆いている人に勇気を与え続けたと言いますその講演録は後
に書籍となり
よると切嗣彼の代表作
そして世界中で読み継がれることとなるのです
フランクルはその本のタイトルをブウ編バルトのうだから撮り
それでも人生にイエスと言うと名付けました
もしこの動画で夜と霧にご興味を持っていただいた方は
是非こちらの作品も併せてご一読いただければと思います
心が苦しくて耐えられないとききっとフランクルの言葉があなたのことを守ってくれる
はずです
入っというわけで夜と霧以上でございます
いかがでしたでしょうか重たいテーマでしたけれども意外に後味は悪くなかった
のではないでしょうかまた以前紹介したニーチェの思想と本会の話との関連性に気づい
たからだ
おそらくいらっしゃると思いますフランクル思想の中心にあるそれでも人生にイエスと
言うというこの言葉はニーチェ哲学のテーマである
せーの工程そのものなんです21
では人生の意義を見出せなくなってしまう状態のことも
に弾いリズムと呼びましたそしてそれを克服するために
超人思想やえええん回キといった概念を持ち出したわけですが
えまさにフランクルは極限状態でそれを体現した人といえます
夜と霧の中には何度かニーチェの言葉を引用
をするシーンがありますのでおそらく思想的影響も受けているものと思われます
そういったところにもご注目いただきながら読んで頂くとより作品を楽しんで
いただけるのではないかなと思います
面白かった参考になったという方は高評価コメントなど頂けますと嬉しいですまた
チャンネル登録もよろしくお願い致しますではまた次の動画でお会いしましょう
ありがとうございました

この記事を書いた人